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東京地方裁判所 昭和50年(行ウ)102号 判決 1978年3月30日

原告 小林賢次 ほか一名

被告 社会保険庁長官

訴訟代理人 春田一郎 高橋広 ほか四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告が昭和四七年九月一一日付でなした原告両名に対し船員保険法の規定による遺族一時金を支給しないとの決定を取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二(原告)請求原因

一  原告らの長男である小林裕志は清寿漁業株式会社所有の第一八万栄丸に乗船し、インド洋上にて鮪延縄漁に従事中、昭和四六年一二月一二日南緯五度二〇分、東緯四四度四五分付近において海中に転落し、死亡したとされている。原告らは、裕志が被保険者として加入していた船員保険についての遺族一時金受給資格者であつたので、昭和四七年六月二日被告に対し船員保険法による遺族一時金支給を請求したところ、被告は同年九月一一日付で「被保険者(裕志)」は職務に起因して死亡したものとはいえない」との理由で保険金不支給処分(以下「本件処分」という)をした。

二  そこで、原告らは本件処分に対し同年一〇月九日静岡県社会保険審査官に審査請求をしたか、同年一二月一八日右請求は、棄却されたので、更に右棄却決定に対し昭和四八年二月二一日社会保険審査会に再審査請求をしたが、昭和五〇年六月七日右請求も棄却された。

三  しかしながら、本件処分は違法であるので、原告らはその取消を求める。

第三(被告)請求原因の認否

請求原因一及び二の事実は認める。

第四(被告)抗弁-本件処分の適法性

一  裕志は、第一八万栄丸が本件事故当日である昭和四六年一二月一二日本件事故現場附近を航行中同僚と二人でウイスキー一本を空けた後(但し裕志は風邪気味のためコツプに半分位飲んだだけであつた)、暑さを避けるため船尾甲板上左舷寄りの縄台(長さ二メートル、高き八〇センチメートル、幅五〇センチメートルの木製板で船尾側は舷と同じ高さで外舷に接続している)上に、身長一・八五メートルの体を足を曲げて寝ていたが、足をのばせば船外に出るような状態であつた。この状態は同日午後九時、同三〇分、同五〇分に同乗の船負により目撃されていたが、同日午後一一時五分頃附近を通りかかつた船員は縄台上に裕志を見ていなかつた。翌一三日朝同船では裕志が見当らないことに気付き、同一七日まで附近海上海中を捜索したが、遂に同人を発見することができなかつた。この事実によれば、裕志は一二月一二日午後九時五〇分から一一時五分までの間に海中に転落したものと推定できる。同夜の気象状況は、晴、北東の風、風力二、気温二七度、水温二七・五度、気圧一〇一三ミリバールであつた。

二  船員保険である遺族一時金は、船員保険法四二条の三第一項により被保険者が職務上の事由により死亡した場合に支給される。職務上の事由による死亡といい得るためには、職務と死亡との間に相当因果関係が存在することが必要であるが、この相当因果関係とは一般的に職務遂行性を前提とする職務起因性をそなえたものでなければならない。

裕志のように航行途上にある漁船員は、常時事業主の支配下及び管理下にありその意味では本件事故当時における職務遂行性を否定できないが、睡眠中は職務に従事しているとはいえない。このように、事業主の支配下及び管理下にありながら職務に従事せず、私的行為(自由行動)が許される時間中に災害が発生した場合には、その原因は、他に特別の事情がない限り、私的行為又は事業施設のいずれかにあるということができる。

三(一)  前記一の事実によれば、裕志の死亡は縄台上で就寝していたことが原因となつていたものということができる。第一八万栄丸の各船員に個室が与えられ、備えつけられているベツドは幅八〇センチメートル、長さ一七〇センチメートルの大きさであり(約一・四平方メートル)、このベツトより若干狭いスペースを加えたものが個室の面積で、冷房装置こそなかつたが、ベツドの頭のところにフアンが取付けられていた。

(二)  一方、縄台は前記一のように幅が狭く、高さが船舷と同じところにあることから、航行中その上に寝ることはもちろん上ることさえ危険であることは乗組員すべての常識であつた。そして、本件事故当時の気象条件からみて船室で暑さのため睡眠できないという事情ではなく、このことは当時裕志以外には甲板で寝ている者がいなかつたことからも推測することができる。このように、本件事故は裕志の不必要にして不注意な恣意的行為に起因するものであつて、事業施設に起因するものでない。従つて、本件事故による同人の死は職務起因性を欠き職務上の事由によるものということはできないのであるから、本件処分は適法である。

第五(原告)抗弁の認否

抗弁一の事実は認める。同二の事実のうち前段及び後段中本件事故当時における裕志につき職務遂行性を否定し得ないことは認め、その余の事実は否認する。同三の事実のうち、(一)は認め(二)は否認する。

第六(原告)抗弁の反論-本件処分の違法性

一  職務遂行中に発生した災害であれば、特別の事情がない限り職務起因性を推定すべきである。航行中の漁船員は常時使用者の支配領域内にあり、自由時間であつても待機時間に過ぎず、その間を利用して睡眠をとること自体は職務遂行にほかならない。そこで、本件では縄台上で睡眠をとることが、労働契約に違反するか否かを検討することが必要である。

(一)  第一八万栄丸は南方洋上で操業するにもかかわらず船室に冷房装置なく、船員の大部分はブリツジの通路や甲板上に寝るのが慣行となつており、縄台上で寝ることについても船長はなんら明示による禁止命令は出していない。また、被告が主張するように船員三名が裕志が縄台上で寝ていることを目撃しながらなんらの注意をえなかつたということは、裕志の行為が船内では黙認されていたものということができる。このように、縄台上で睡眠をとることは労働契約上の義務に違反する職務遂行ではない。

(二)  また、縄台上に寝ていた場合ローリングしても船内に落ちることはあり得ても海中に転落する可能性は、立上るか、寝呆けるか、酔うなどしているほかは極めて少ないのであつて、他の船室外睡眠と区別しなければならぬ程危険性の大きいものではない。それなればこそ目撃した三名も裕志に対しなんら注意を与えなかつたのである。このように、縄台上で睡眠をとることは、社会通念上職務遂行と認め得ないような危険な行為ではないのである。

(三)  以上みたとおり、原告が縄台上で寝ることはなんら労働契約上の義務に反するものではないから、本件事故は職務遂行中に発生したものとして職務起因性を肯認すべきである。

二  船員保険の遺族給付は死亡が労働者の重大な過失による場合でもこれを拒否し得ない。特に本件の場合睡眠は労働契約履行に絶体必要な行為であり、かつ職務遂行性が認められる以上仮に裕志に過失があつても、それをもつて遺族一時金給付の拒否の理由とはなし得ない。既に述べたように、第一八万栄丸では甲板等の施設で睡眠をとることが慣行化していたのであるから、裕志が睡眠するに際し施設の利用方法を誤つたか否かは別として、睡眠のためある施設を利用するのは当然であり、右方法の誤りをもつて他の睡眠と区別して私的行為とか恣意的行為とか論ずることは不当である。そのことは重大な過失をもつて職務起因性の阻却事由としていない制度の趣旨と矛盾するものである。過失の有無は責任の成否に関することではあつて、職務起因性の判定の資料となり得ないのである。

三  職務遂行性と起因性につき被告のように考えるとしても、既に述べたように、第一八万栄丸では暑さのため船室では十分睡眠を与え得ないという睡眠施設上の瑕疵があつたため裕志は縄台上で睡眠をとつたのであるから、本件事故は事業施設に起因するものということができる。従つて、職務起因性は肯認されるべきである。

第七証拠関係<省略>

理由

一  本件処分、これに対する審査及び再審査請求とその棄却に関する請求原因一、二の事実並びに本件事故発生経緯に関する抗弁一の事実は当事者間に争いがない。

二  船員の死亡に関しその遺族が船員保険金としての遺族一時金を受給し得るためには右死亡が職務上の事由に起因することが必要である(船員保険法四二条の三第一項)。しかして、右保険給付が、労災保険の一種であることにかんがみれば、職務上の事由に起因する(職務起因性)とは、死亡と使用者の支配関係下にある危険との間に相当因果関係が存することが必要である。そこで、以下に本件に即して職務起因性について検討する。

(一)  漁船が洋上にある場合には、たとい乗組員か操業(その準備、後始末その他の随伴行為も含む)に従事せず、いわゆる私的行為(操業中にわける休憩、操業終了後の娯楽等の自由行動、毎日の睡眠等)を行なつている場合であつても、その行動範囲は船内に限定され、労働者(乗組員)はいわば船という使川者の事業施設そのものを利用している関係にあり、同時に使用者が支配している個々の船内施設を多かれ少なかれ利用せざるを得ない関係にあるものということができる。従つて、単に乗組員の私的行為中に生じた災害(本件では死亡)であるというだけでこれを職務外のものとして保険給付の対称外とすることは相当でなく、私的行為のために利用した使用者の支配下にある施設との関連において右の意味における職務起因性の有無をさぐらなければならない。

ところで、事業場内において、使用目的(用途)を限定し他の目的に利用されることを全く予定することなく作られた個々の施設につき、そのように他目的利用を予定しないことが社会通念上許容されるのであれば、他目的利用により予想される危険発生防止設備をしないこともまた社会通念上許容されるのである。例えば後に論ずる如く他目的利用のための施設を別途に設置している場合がそれに該当するといえよう。そして、労働者がこのような施設を本来予定された用途以外に利用した際に災害を受けた場合において、そのような利用さえしなければ、換言すれば他目的のための施設を利用してさえいれば、災害はおこり得なかつたといい得る関係にあるならば、その災害は使用者の事業施設が保有する危険に起因するものとは認めがたく、右の意味における職務起因性は否定すべきである。特に設備のための空間と積載重量に制約を受けざるを得ない船舶にあつては、この点を十分配慮しなければならない。

(二)  <証拠省略>によれば、裕志が寝ていた縄台は延縄漁業操業の際用いられる幹縄に付属する枝縄置場として利用される目的で、第一八万栄丸の船尾甲板上左舷寄りに舷と同じ高さで外舷に接続して設置された長さ二メートル、幅五〇センチメートル、高さ八〇センチメートルの木製板であることが認められる(縄台の大きさ、設置場所については当事者間に争いがない。)。従つて、もし人が縄台上を外舷に向つて進行すればそのまま海中に転落することになる。他方、同船には各船員に個室が与えられ、幅八〇センチメートル、長さ一七〇センチメートルのベツト(約一・四平方メートル)が置かれ、右船室には冷房装置はなかつたが、枕元にフアンが取付けられていたことは当事者間に争いがない。

このように第一八万栄丸の各船員はベツト付個室が与えられ、睡眠のための専用施設が提供されているのであるから、使用者において縄台を前記認定のような用途のほか、睡眠施設として利用されることをも予定していなかつたとしても、それは社会通念上許容し得るものであることは明らかである。

(三)  本件事故当時、裕志が第一八万栄丸の船室又は後に認定するように睡眠場所としても利用が黙認されていた甲板、ブリツジ通路において寝たのであれば、前記争いのない気象状況からみて、同人のウイスキーによる酩酊状態を考慮に入れたとしても、同船から転落事故をおこすということは考えられないところである。現に、船員中には裕志と共に同人以上の量のウイスキーを飲んだ者もいるのに、その者をも含めて当夜裕志以外に海中に転落した者はいないことは弁論の全趣旨より明らかなところである。従つて、本件事故の原因は裕志が縄台上に寝ていたことに起因するものと推定せざるを得ないのである。即ち、船内施設(縄台)の、予定外利用(睡眠)の事実がなければ(換言すれば、船室、甲板、ブリツジ通路で寝てさえいれば)、本件事故の発生はなかつたものといい得る関係にあるのであるから、本件事故における職務起因性は否定するのが相当というべきである。

三  関連する若干の問題につき判断を加える。

(一)  <証拠省略>によれば、第一八万栄丸乗組員は、同船が南方洋上を航行中前記のように般室に冷房施設がないため、甲板、ブリツジ横の通路で寝ることがあるが、多くの者は二、三時間後に船室に戻つて就寝し、僅かに一、二名が朝までそのまま睡眠を続けることがあること、甲板、通路とも舷、手摺等の障害物があり転落の危険がないため同船長はこの程度までの船室外施設利用による睡眠を黙認していたこと、しかし、縄台上の睡眠については、縄台が前記のように舷と同じ高さに設置されていて危険であることは明らかであるから、船長としても、特に禁止するまでもなく乗組員としての常識上そのようなことをする者はいないものと判断し、また、従前縄台上で睡眠をとる者を見聞したことがなかつたため、あらためて明示の禁止措置をとることまではしなかつたことが認められる。この事実によるも、船室の冷房設備が完備していなかつたことから、せいぜい甲板ブリツジ横通路が睡眠目的にも黙認という形で予定されていたというにとどまり、縄台までをも同様の施設であると認めることは困難である。

また、前記争いのない事実によれば、他の乗組員三名が裕志が縄台上で寝ていることを目撃しており、同人に注意を与えなかつたのであるが、右三名はいずれも使用者側の立場にあるとは認めがたく、かかる者が黙過したとて、第一八万栄丸において縄台が睡眠施設としても利用されることが予定されていたものということはできない。

(二)  原告は、航海中の漁船員が睡眠をとることがいわゆる職務遂行性という概念より更に狭い意味での労働契約上の職務遂行行為にあたり、縄台上の睡眠という職務遂行が労働契約に違反するか否かという形で論を進めている如くであるが、睡眠自体を契約上の職務遂行とみることは困難である。ただ、既に述べたように、漁船が洋上にあるという制約上乗組員は船内で睡眠をとらざるを得ないのであるから、かかることを念頭において職務起因牲を論ずれば足りるものというべきである。

(三)  また、原告は本件処分は原告の過失を理由に職務起因性を否定している旨主張する。しかし、本件では、縄台上の睡眠が全くの施設の予定外利用であるという前提の下に(それが労働者の過失によるものであるか否かを問うことなしに)そのことによつて職務起因性が否定されると考えるべきであつて、これと結論を同じくしている本件処分に違法はない。

四  以上述べたところによれば本件処分は違法とは認めがたいから、原告の本訴請求を失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

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